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            hagiwara-yoshiaki@aiplab.com


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        Story of Pinned Photo Diode

Hagiwara at SONY is the true inventor of Pinned Photo Diode

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毎朝6時前から1時間ほど、お天気がいい日は、

 自宅のそばの小川沿いや野道を Walking。

 毎朝、健康のために、妻と萩原は歩いています。

 その時に萩原が撮った写真と妻の絵手紙です。


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   ●荻野中学校の10月の絵手紙はこちらをclick してください。




 


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賢い電子の目 ( pinned photo diode ) が、その発明者である、もと SONY の萩原良昭

を見ています。光を電気信号に変換する、人間の目の網膜細胞に相当する発明のお話です。

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      70歳のじじいのつぶやきです(笑顔)。

        Story of Pinned Photo Diode

    Pinned Photo Diode Patent by Hagiwara in 1975

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(1) 萩原良昭の自己紹介です。


(2) Pinned Photo Diode とは?


(3) デジカメはどういう部品でできているのか?





みなさんがお使いのスマフォ、家庭用小型ビデオカメラや小型デジカメには

固体撮像装置 ( Solid State Image Sensor ) という半導体物質でできた

電気部品で構成されています。


この半導体物質は、シリコン結晶体を基体とした複雑な構造体です。

そのシリコン結晶体( Siliocn substrate ) の中に2つの正反対の性質を

持つ不純物原子、例えば、Arsenic (As) 原子 と Boron (B) 原子を

混ぜて造ります。ケーキに砂糖や塩を混ぜて焼くようなものですが、砂糖と

塩がケーキの中でまんべんなく均一に分布しているわけでなく、ある場所は

塩味のケーキになっていて、別の部分は砂糖味のケーキになっていたりして

いろいろな形体を取ることができます。


そうして造られる半導体素子の中に、 Pinned Photo Diode と呼ばれるものが

あります。人間の目の網膜細胞の役割をする半導体素子です。すなわち、網膜

細胞に光があたると、網膜細胞は興奮して電気信号(電荷)を発生させて、その

電気信号(電荷)は、目から脳まで長い距離を、一列に並んだ神経細胞によって、

脳の中の視神経細胞に伝達され、人間はものを見たと認識します。


まず、人間がものを見て認識するには、道具として、





(1)人間の目の網膜細胞が必要です。次に、

(2)網膜細胞からの電気信号(電荷)を、脳まで、長い距離を伝達する、

  無数の信号電荷転送用の神経細胞で構成される、長くて太い転送管が必要です。

(3)そして、その電気信号(電荷)を一時的に記憶する無数の脳にある記憶細胞で、

  脳は、目に映る画像情報、すなわち、二次次元平面情報を受け取ります。

(4)その画像情報はいろいろ情報処理され、必要な情報だけ抜き出され、

  永久保存用の脳細胞に記憶されることになりますが、そこまで到達するには、

  人間はすぐ忘れる動物であり、何度も同じことを学習する必要があります。

人間が見る情報はアナログ情報ですが、コンピュータはデジタル情報を処理します。

デジカメがコンピュータと連携して情報処理するにはこの他に A/D 変換器が

必要となります。すなわち、現代のデジカメには次の5つの電気部品で構成されて

いることになります。



(1)目の網膜細胞に相当する超高感度である Pinned Photo Diode があります。

   これが本題です。


   この後詳細にその解説を行いますが、ほかの4つの

   電気部品についてもここで詳細にまとめてみます。




(2)太くて長い信号電荷を転送する神経細胞管に相当する電荷転送装置、

  すなわち、専門用語で、 Charge Transfer Device (CTD)というもの必要です。

  現在の CMOS image sensor では、 Charge Transfer Device (CTD)と

  いわれる部分は、NMOS Transistor 構造の電極、すなわち、Charge Transfer

  Gate 1個だけです。その後に、Snap Shot 用の一時的に信号電荷を保存する

  薄い濃度で出来たPinned Photo Diode があり、Reset Gate (MOS Tr)にも

  連結されていて不要になった時は、完全空乏化転送で蓄積部を完全空乏化が

  可能なPinned Photo Diode による一時蓄積部となっています。また、この

  また、一時蓄積部として機能する、Pinned Photo Diodeの後段に 電圧信号から

  電流信号に変換する source follower 回路を装備し、そのsource follower

  の回路source 端子側を 信号出力取り出し用 垂直 bit line としています。

  また、各垂直 bit line にはA/D変換器が装備され、狭い幅の layout 配置には

  たいへんな苦労がありましたが(涙)、それで水平出力信号線にはデジタル信号

  が高速に転送されることになり、まったく雑音のないデジタル映像信号を実現しています。

  それが現在の CMOS digital image sensor の基本構造で、まったく、CCDは不要です。

  CMOS digital image sensor には、NMOS Transistor 構造の電極、すなわち、

  Charge Transfer Gate 1個だけで済むようになったからです。しかし、CCD独有の

  特徴とされていた完全空乏化転送用電極として機能するのは1個でも変わりません。

  Charge Transfer Gate を複数個連続に一列に並べたものが、CCD型転送装置と

  と呼ばれるもので、CCDの発明により、世界は完全空乏化電荷転送の動作原理を

  実践活用し家庭用ビデオカメラが実現しました。CCDのその実績は大きなものです。

  CCDのその完全電荷転送機能は、1個だけですが、Pinned Photo Diodeと外部

  CMOSデジタル回路を連結するCharge Transfer Gateとして今でも活躍しています。

  一般にこの1個のCharge Transfer GateはCCD型電荷転送装置と呼びません。

  CCD型電荷転送装置の完全空乏化電荷転送は MOS型容量に蓄積さらた信号電荷を

   隣接する別のMOS型容量に高い転送効率で電荷転送する装置のことを言います。

  萩原が1975年に発明した完全空乏化電荷転送方式は、MOS容量型の蓄積部からでなく、

  PNP transistor 型容量や、P+NPNsub thyrisotor 型容量の信号電荷を隣接する、

  1個の電荷転送装置、すなわち、 MOS transistor の電流を On/Off させる、

  電流 switch 回路として動作する、1個の charge transfer gateを使って、後段の

  デジタル信号処理回路に信号を出力するものです。CCD動作ではないとも言えます。




(3)MOS型の電荷転送用Switch電極( Charge Transfer Gate ) から出てきた、

  アナログ信号電荷を、1と0のデジタル信号に変換する A/D 変換回路とさらに、

  その出力されたデジタル信号を外部端子に出力するまでの電送処理する、後段の

  様々な情報処理(信号の並び替えなどをする)デジタル回路が必要です。デジタル

  回路は複雑ですが既存の周知の回路技術です。しかし、このA/D変換器は高速の

  A/D 変換器となります。1個ではなかなか追いつきません。image sensor は、

  通常、たとえば、横( row ) 1本を4000絵素構成として、縦 ( columm ) 1本を、

  3000絵素構成としますが、縦 ( columm ) 1本に対して、すなわち、 横4000絵素

  に対して、4000本の縦構造( columm ) があることになります。その横4000絵素に

 対応して一個ずつ、合計4000個の内臓小型A/D変換回路を工夫して設計し、現在では

  CMOS image sensorの中に内臓されています。昔の CCD image sensor の場合は、

  A/D 変換回路は外付けの 高速 二段flash 型 A/D 変換回路(SONYの山田隆章さん

 考案)のもので実現しました。山田さんとプロセス担当だった浅野勝昭さんの努力で実現

 しました。この A/D 変換器の実現がなかったら、次に説明するデジタル信号を一時的に

 瞬時に記憶するキャッシュメモリーがあっても、SONYで開発した世界最初に1000万円も

 する高級放送局用ビデオカメラ( fully digitized video camera system ) は実現しなかった

 でしょう。この A/D 変換器が小型で低価格で市場に提供できるようになって初めてデジカメ

 が小型民生商品として市場に提供できるようになりました。。




基本的にデジカメはこの3つの基本電気部品で構成されます。




(4)それだけでは、デジタル信号はたれ流しとなり、情報は瞬時に消えてしまいます。

   その為に。高速に瞬時に出力される高解像とデジタル信号を一時的に瞬時に

   記憶するキャッシュメモリーが必要です。この具体的な半導体部品はSRAMといいます。


   横4000画素、縦3000画素の image sensor の場合、1200万画素になりますが、

   1画素のアナログ信号をデジタル信号に変換すると約1024階層= 10 bit 情報となり、

   1.2 億 bit の情報に相当します。この1.2 億 bit の情報を、1秒間に 実は TVは、

   120 コマ ( frame ) の画像情報を受け取っています。この膨大なデジタル情報をTVに

   転送するには1秒間に約144億 bit のデジタル情報を 超高速 Cache SRAMに

   受け取る必要があります。すなわち、1 bit あたり、約144億分の1秒で超高速 Cache

   SRAMは受け取る必要があります。光の速度は1秒間に約30万Km 進みますが、

   この約144億分の1秒では、光でされも、20.8 cm しか進めません。

      ( 30 0000 000 00 cm ) / ( 144 0000 000) = 3000/144 cm = 20.8 cm

   半導体素子の中で動く電子は、いくら小さくても質量を持ち、光の速さにはかないません。

   光は質量のないエネルギーの粒(光子)で非常に速く、光の速さと比べて、半導体装置の

   中の電子は非常にゆっくり動きます。2GHz で動作する半導体装置は、0.5 nanosec の

   clock 周期で動作しますが、その間に光は約 15 cm 進むことになります。すなわち、

   2GHz で動作する、access time 0.5 nanosec の超高速アクセスタイムの Cache SRAM

   が必要になります。昔は、高解像度TVでなく、横800画素、縦500画素の40万画素程度

   のNTSC方式のTVが普及していました。1200万画素の30分の一の画像情報でしたので、

   Access time 15 nanosec の超高速アクセスタイムの Cache SRAM が1個あれば充分でした。

   Access time 25 nanosec の高速アクセスタイムの Cache SRAM なら2個あれば充分でした。

   SONYは、1989年この Access time 25 nanosec の高速アクセスタイムの Cache SRAM の

   試作に成功し、1000万円以上もする高級放送局用のビデオカメラシステムを完成させ、NHK

   をはじめ、世界の放送局用ビデオカメラ市場を制覇しました。当時SONYで放送局用ビデオ

   カメラの最高事業責任者は森園副社長でした。このプロジェクトがSONYで最初に世界に提供

   した1000万円以上もした高級デジカメでした。それが小型化され民生用のデジカメの原点です。

   この高級デジカメのAccess time 25 nanosec の高速アクセスタイムの Cache 4Mbit SRAMは、

   萩原が率いる開発部隊(宮司、松山、金石、妹尾、江守、萩原)の6人の少数精鋭部隊の努力で

   開発したものだった。宮司さんの発明で、DRAM の refresh mode の時に bit line を一時的に

   浮遊状態にしてまわりの接続回路を遮断し、 bit line の実効配線容量を下げて、高速信号増幅を

   可能とする手法を、この高速アクセスのSRAMに採用したものだった。新規性ある回路工夫により

   当時では世界一高速で、世界一の大容量4MBit SRAM だった。国際会議 ISSCC1989に於いて、

   世界初めての高速25nanosecアクセス 4Mbit SRAM と題して発表した。当時は、日本では、

   4Mbit DRAM の生産がピークの時代でした。「Japan as No.1 ] とちやほやされていた時代でした。

   元気なDRAM 開発の技術者からは、「SONYは4Mbit SRAM を発表したが何に使うのか?

   数は出ないのでは?」と、冷ややかな反応でした。。萩原とその部隊で、翌年、SONY社内で、

   大賀会長からSONYの最高の商品開発に関する最高の賞である CEO賞を受賞しました。

   SONYのTOPは理解していました。それがデジカメの時代の到来であることを。SONYはまず

   高速SRAMの技術に支えられ、 Intel社、HP社、IBM のマイコンボードにSONY製の高速SRAMが

   採用され、SONY社内では民生用のデジカメの開発生産の準備が着々と進んでいました。






(5)そして、最後にゆっくり動作しますが、貴重な画像情報を永久保存してくれる不揮発性半導体記憶

   装置の発明があります。これは、米国ベル研の研究者だった Dr. D. KahngとProf. Simon Sze が

   一緒に研究し、1967年に発明したものです。1967年は萩原がCalTechの大学1年生の時でした。

   Prof. Simon Sze は、 Pysics of Semiconductor Devices というたいへん半導体素子の構造と

   物理をまとめた貴重な技術書の著者でもあり、萩原も学生時代にそれを読み、半導体物理の理解

   を深めました。その第2版の pp. 423~427には、埋め込み型 channel CCDの構造とその動作

   原理の解説があります。その中で、埋め込み型 channel CCDの埋め込み層(N)が完全空乏化

   電荷転送を実現したときの、Empty Potential Curve の図が、p.424 の Fig.53 に描かれています。

   この Empty Potential Curve の意味することは、完全空乏化電荷転送 ( Complete Charge

   Transfer Operation Mode with Completely majoriy carrier depleted charge storage area )

   を意味します。萩原の1975年提案の Pinned Photo Diode の発明特許の実施に中に、この

   Empty Potential Curve が描かれています。 それは、完全空乏化電荷転送 ( Complete Charge

   Transfer Operation  ) を意味することは明らかな事実です。2014年のFossum論文は Fake です。

   萩原1975年考案の2つの発明特許を正確に理解せず、また片方の裏面照射型 Pinned Photo

   Diode 特許は、今の CMOS image sensor の基本特許であるのにかかわらず、引用さえもされて

   いません。2014年のFossum論文は 嘘の記述やバイアスされた真実でない内容を記述し、結果として、

   SONYのoriginal HAD sensor がSONY独自発明のものであることを否定し、また、萩原が本当の、

   Pinned Photo Diodeの真の発明者でないと2014年のFossum論文で断定しています。これはSONYと

   萩原を嘘の供述で侮辱したことにないます。決して許されるものではありません。その詳細についても

   この解説記事の中で、ゆっくり説明していきたいと思っています。



 

  今みなさんが使用されるいるUSBメモリーや 薄型小型 Mini Memory Chip の原点です。


   日本が誇る、もと東芝の外岡さんは、最も集積化に適した NAND型NVRAMの発明者ですが、

   この、1967年に、Prof. Simon Sze が Dr. D. Kahngと一緒に研究し発明した Floating Polysilicon

   Double Gate 型の MOS transistor の Floating Polysilicon Gate 容量に信号電荷を蓄積し、

   その信号電荷があるかないかで、MOS Transistor に電流が流れたり流れなかったたり状態を

   利用したものです。


   












Pinned Photo Diodeは萩原がSONY時代に1975年に発明した高性能半導体受光素子構造です。


萩原がSONY時代、1975年に出願した次の2つの発明特許で定義されたもので、

人間の目で言えば、網膜細胞に相当する、「超高感度の賢い電子の目」のことです。

半導体という物質で出来た電気部品です。ロボットの超感度の目になります。










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